【旅の記録】ブラショフからシギショアラに移動:ルーマニア【122】

ルーマニア

11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録

2017年5月出発した旅のことを、記憶と記録を頼りにつづってみようと始めました。
書き方などはだんだん良くなるはず(笑)なので、見守っていただけると嬉しいです。
※途中、記憶違いや文章の構成的にフィクションが入るかもしれません。ご容赦ください。

巡った順序 → 日本 → (韓国) → ロシア → フィンランド → スウェーデン → デンマーク → ノルウェー → エストニア → ラトビア → リトアニア → ベラルーシ → ウクライナ → ポーランド → ドイツ → チェコ → オーストリア → スロバキア → ハンガリー → ルーマニア → モルドバ → (沿ドニエストル共和国) → モルドバ → 続く…

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こんにちは、mickです。

この日は、ブラショフから北西にある旧市街の残る街、シギショアラに移動した日のこと。
シギショアラは、塀に囲まれた小高い丘の上にある小さな街。中世の趣の残る素敵なところ。日本人のイメージする、ヨーロッパの街並みの一つの例になるかもしれない。

少し、ジプシーとのからみがあった。どことなく態度がでかく見えてしまうジプシー。それを受け入れているようなルーマニアの人々の行動に考えさせられる。

ブラショフでの同じ宿泊者もシギショアラに移動した人がいて、再開するとやっぱり嬉しかった。

夜は、久しぶりの個室だったので寝落ちするくらいリラックスして快適に過ごせた。

日付:2017年9月17日(日)

日付:2017年9月17日(日)
地域:ブラショフ、シギショアラ
天候:晴れ

シギショアラへいく朝

朝。だいたいトイレに行きたくなるか、周りの音で目が覚める。今日は前者だ。動きたくないからゴロゴロしていると、欧米の人たちは朝にシャワーにいくので、気をつけないといけない。たいてい、この反省はいかされていないが。

スペインの1人が、人当たりがよくてお別れを言ってくれた。自分も出発の日。ブラショフから北西にあるシギショアラへの移動だ。15:30のでいくので、まだ時間はある。いつものように、朝食はシリアル、そしておやつのサンドイッチを作って、出発の準備を整え、チェックアウトの時間11時までくつろいだ。

シーツを返して、荷物を2階から下ろす。レセプションがいない。レセプションの後ろはシーツでいっぱい。それで、荷物は椅子にチェーンを付けておくことにした。どうも、イタリア人3人も今日出発らしい。パソコンの前で電車のチケットを印刷するのを頑張っていた。

自分の荷物の置き方をみた1人は、そのやり方に関心していた。彼らの行き先もシギショアラだという。電車らしいが、安いRという区分でいくとか。彼らの駅、または現地で会う約束をして、自分は、ブラショフの旧市街の散策に出発した。

ブラショフ旧市街やり残し消化

今日は、いや今日も快晴。いい移動の日。ジョージの話を聞いて、旧市街でまだ行っていないところにいくことにした。本もみつつ、スフォーリ通り、スケイ門、学校博物館のルートで。

スフォーリ通りは、ヨーロッパで3番目に狭い通りらしい。2、3グループが来ていた。身体の大きな2人が通路を塞ぐように並んで写真を撮っていたのは面白かった。比べるものではないが、狭い通路といえば日本のオハコ。そんなにときめかなかった。

スケイ門を通り、学校博物館へ。ここは無料だときいていたが、有料。それで足をとめてしまう。かなり迷って、建物の中に入ったこと、外のパネルで中の様子がわかること、それで入るのを止めにした。隣には教会があって、そこではミサ中。近くのお墓は、十字架がたくさんでルーマニア感バッチリ。

旧市街の広場まで戻って、ジョージが食べていたクレープを食べる。12レイ(当時、360円)と高いが、ボリューミーでうまい。食べていると、近くでミッキーの着ぐるみと撮影。マグネットをつけたプリントを売る、という商売をしていた。おもしろい。モバイルで印刷できるっていいな。

2人組で、もう1人はカメラマン。2人が話し合っているとき、ミッキーが腕組みしていたのが、ミッキーらしくなくて面白かった。

ルーマニアにきて、まだビッグマックを食べていない。が、クレープが思いのほかお腹にきたので、ブカレストに行ったときまで保留にすることにした。いい時間になって、ホステルに戻ると、アジア系の男性が1人。ジョンという中国人。

彼は今、アメリカに住んでるそうだ。出発の時間が迫って、焦っていたが、何かと話しかけてくる。彼は明日、シギショアラにいくそう。それでお互いのホステルの場所を確認して、自分は出発。

鉄道で行くシギショアラ

事前にバスのチケットを買っていたので、今回は余裕。それに無賃もない。バス通りの手前の小さな公園のベンチ、なんとジョージが。ここまでくると運命を感じる。再会を喜びあった。

彼は、なにやら勉強をしていたようだ。のんびりと外でやっているところがフランス人ぽい。お互いのこの先を確認し合う。自分はバスのことが気になって、あまり集中できないでいた。それをジョージに悟られてしまう。ちょっと悪いなと思うのも癖だね。

もう1度、セルフィを撮ってお別れ。バスはすぐにはこなかった。もう少し彼と話してもよかったか。そう思った。大きな荷物もあって、最も後ろの席に座る。が、途中でジプシー親子が。女の子2人。男の子1人。さらに、おそらく母親は身重だ。女の子は可愛い。ルーマニアの老人女性は座りたがる子供に席をすすめる。とてもいい光景。この関係がお互い様だったらいいな、なんて思った。

駅には予定よりも早く着いて、1本前のRにはおいついた。興味で料金を調べると、IR>バス>Rの順で違った。快適さとお金をとると、バスが一番か。残念ながら、バスは満席で乗れなかった。で、IRの切符を買って、鉄道に乗った。IRは全席指定。そこにジプシーの姉妹が自分の席に座っていた。

よりによってIRは乗るとか何考えているんだ、と思い自分の席を主張する。ルーマニアのおじさん。
「いいからここに座りな」
どんだけ優しいんだろう。身体が大きいその人は、自分がかばんを持っていたのもあって、他の席に移動していた。すぐにルーマニアのおばちゃんが来て、自分の席だと主張。さすがおばちゃん、2人を追い払った。これでおばちゃんと自分の4人席になった。

ルーマニアの鉄道は遅い。距離128kmで2時間半から3時間ちょっとはかかる。写真の整理、日記、寝る、景色を見るのコンボであっという間にシギショアラ。乗り過ごしてしまうと、クルジュナポカまでいっちゃうので注意して下車。会話はなかったけれど、同席のおばちゃんに別れを告げると、応えてくれた。

シギショアラの旧市街は丘の上に

最初のおじさんも下車するみたい。チームイタリアに会えるかと思ったが、会わなかった。駅の周りはなにもない。本当になにもない。車で帰っていくおじさん。怒号のタクシードライバー。一度、バスターミナルにいってから、ブラショフ行きの時間を確かめた。

夕方、バーでお酒を飲んでいる人、珍しいアジア人。小さな街とはいえ、気をつけて歩いた。住宅地を通るとき、何やら結婚式をやっている。大きな白い教会。中に入るか迷うも、荷物のことで止める。

橋を渡るとき、丘の上にシギショアラの旧市街が見える。そうこれからうえにあがっていかないといけない。気合いをいれつつ、階段をのぼる。

上に到着。地図アプリmaps.meをみながら進む。景色がいい。天気もいい。スマホだけだが、写真を撮りつつ、ホステルへ。旧市街の石畳みがつらい。坂もある。ドラキュラのモデルの人の生家は、すぐにわかった。その裏手にあるホステルはわかりにくかったが、見つけ方は慣れたもの。通り名と番地からすぐに見つけた。

シギショアラの宿 Casa Morar

床のコンクリートには「 Casa Morar 」と。わかりにくわ!(笑)みたいな。

到着の時間は、相手に伝えていたので呼び鈴ですぐに出てきてくれた。あたりのいいオーナー。ウェルカムドリンクで、オーナーからぬるいビールを1本もらう。

ここは、久しぶりの個室となる。すんごく楽しみにしていた。写真のバックアップと日記も溜まっていたので、追いつきたかったのだ。

オススメの食事処や、スーパーなどを教えてもらった。そして、彼の時間があるからとスペシャルオファー。1日の要塞教会ツアーを提案してくれた。150レイ(当時、約4500円)が、すぐに200レイ(当時、約6000円)になったのは気になったが保留にしてもらった。

薄暗いシギショアラ散策

部屋はとても古い。中世の雰囲気があって、いい。3泊ゆっくりできそう。食事も散策も、そしてなんとなくチームイタリアに会えそうな気がしてでかけた。そしたらすぐ広場で彼らと会えた。

そのうちの1人が自分のことを気に入ってくれていて、話をしてくれた。学生のときに、日本のことを少し勉強したという。心理学のマスターで、韓国に留学したいとか。レオ(レオナルド)という。20代前半な彼らは、エネルギッシュ。自分のこれまでに後悔はないが、うらやましかった。

もう17時もまわって、建物の中には入れないので、街の散策がメイン。自分は彼らについていく形で、レオと話をしながら歩いた。途中にとても強い風が吹いたのを覚えている。よく考えれば、何も飛んでこなくてよかった。

うち1人は、スペイン語が話せるらしくて、自分と同じようにブラショフで出会ったスペインの2人組と再開し、話をしていた。バイリンガルが基本な彼らがすごい。すばらしい。

レオはアニメや漫画のことを知っていた。子供の頃は、観ていたが、大きくなったらつまらなくなったそうだ。自分は、大人こそ、そして心理学を学んだものこそアニメや漫画をみてほしい、そう考えている。そう伝えたかったが、一番上にある教会にまで行ったあと、下って広場に戻ったところで彼らとお別れした。

彼らは自転車を借りて来たそうで、どうも旧市街の外に泊まっているようだ。少し、イタリア語を話したら興味深そうだった。

ブログで見ていた食堂を探して、旧市街の裏手へ。壁の外へ、林を抜けて人気のないところにでてきた。薄暗くて怖い。雨も降ってきた。お店はもう閉まっている。感覚でわかってはいたが、直接見ないとあきらめきれなかった。

そして、市場がやっていない、以上。その近くの食堂がやっているわけがなかった。引き続き、暗い道を行く。風で大きな物音がして、かなり驚いた。それはもう驚いた。

素敵なスタッフがいるカフェマルティーニ

旧市街に戻り、オーナーの言っていたオススメのお店にいくことにした。ピザなら安くすむ、そう思って、カフェマルティーニへ。なんとチームイタリアが食事をしていた。ほんと、ピザとパスタ好きだなって思った。

店内に入ると、男性スタッフのダニエルが迎えてくれる。どうやら日本に興味があるのか、対応がいい。お店の名前の着いた壁(暖炉)の前に席を取ってくれる。ピザとサラダを注文。2度ドリンクをきいてくるあたり、商売上手。自分の名前をきいてくれて、お店のマグネットをくれた。

初めて、チップをあげてもいい、そんな対応。働きぶりもお店1番にみえたからだ。値段だけみて頼んだビーツのサラダは、1人には大杉。ピザも皮が厚くて、ボリューミー。後半、耳の部分を残すしかなかった。このお店のお皿を片付けるシステムというか、暖炉の隣にある窓が面白くてよく観察してた。

リラックスしてくつろげる1人部屋の夜

全てに満足して、お店を出る。チームイタリアの姿はもうない。連泊するので、スーパーに買い物にいって、牛乳やジュースを買っておいた。ホステルに戻ってくつろぐ。寝る準備。写真のバックアップ。やっぱり1人は楽。寂しいけれど、眠るときは1人がいい。

テレビでは、映画メカニック・ワールドミッションをやっていた。思わず観ちゃう。すごくリラックスしている。しずかでなにもないのがまたよかった。あまりの居心地と久しぶりの1人部屋にリラックスしすぎて、ベッドで寝落ちした。貴重品を出し、バッグを開けっぱなしにして。

補足

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