【旅の記録】シギショアラからいく教会要塞オリジナルツアー:ルーマニア【123】

ルーマニア

11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録

2017年5月出発した旅のことを、記憶と記録を頼りにつづってみようと始めました。
書き方などはだんだん良くなるはず(笑)なので、見守っていただけると嬉しいです。
※途中、記憶違いや文章の構成的にフィクションが入るかもしれません。ご容赦ください。

巡った順序 → 日本 → (韓国) → ロシア → フィンランド → スウェーデン → デンマーク → ノルウェー → エストニア → ラトビア → リトアニア → ベラルーシ → ウクライナ → ポーランド → ドイツ → チェコ → オーストリア → スロバキア → ハンガリー → ルーマニア → モルドバ → (沿ドニエストル共和国) → モルドバ → 続く…

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こんにちは、mickです。

シギショアラの個室で目が覚めた朝。
結局やることがなくて、宿のオーナーがオファーしてきた教会要塞ツアーにいくことに。
1人で支払ったから、約6000円と高かったけれど、いま思えば大正解でした。

サスキズ
クロアシュテルフ
クリツ
ビスクリ
ダチア
ルペア

結構回ったなぁ。車では、オーナーと2人きり。話ができるかドキドキだったけれど、なんとかなるもんだね。

日付:2017年9月18日(月)

日付:2017年9月18日(月)
地域:シギショアラ
天候:晴れ

オーナーの教会要塞ツアーを受ける

朝。久しぶりの1人の朝だ。今までの旅もあって、疲れも感じていた。まどろみたくて、ベッドの上で動かず。

朝、音がした。昨日、オーナーが約束をしてくれたコーヒーだ。中庭のテーブルにおいておいてくれた。取りに行ったが、時間は10時過ぎ。コーヒーはとっくに冷めていた。ただ、気持ちが嬉しかった。ついてきたお菓子は美味しくなかったが。

今日は、月曜日。大抵の博物館はしまっている。そして外は晴れ。さらには多くの要塞を観て回れるらしい。それで、オーナーが昨日オファーしてきたツアーに連れて行ってもらうことにした。

お昼に近づいていたので、急いで準備をする。彼は、水とお菓子をくれた。彼の車に乗って出発。まずは、ATMに立ち寄ってもらって、お金をおろしておく。600レイ(当時、約18000円)。出てきた紙幣が、200レイ札3枚なのはまいった。使いにくい。

サスキズ教会要塞

途中、ガソリンを入れていく。最初は、サスキズに向かう。道中は、自分とオーナーの2人きり。昨日は、ゆっくり寝た分、そして緊張とで眠るわけにはいかなかった。車内には、手裏剣が。形状は、八方手裏剣。どうも忍者の映画をよく見ていたようで、クルジュナポカで買ったんだとか。さすが海外製。かなり歯が鋭利。実際、オーナーも危ないと話していた。子どもがケガをしたとかしていないとか。

サスキズの教会要塞に到着。小さな教会、小さな柵、時計塔は崩れ始めていて、中には入れない。6レイ(当時、約180円)を払って中へ。どうも屋根裏に上がれるということで、オーナーに気をつけるようにいわれつつも、上がることにする。

この屋根裏。かなり高いところまで登れて、好印象で、上がれるもっと上まで上がった。建物は、木組みなのでかなり怖い。そして、木のはしご。自分の体重の軽さに感謝した。もう探検気分。教会の中は、石のアーチで作られたやつ。白でシンプルな作り。

パイプオルガンのところまで行ける。普通ならありえない。庭からは、丘の上にある要塞が。ブログでみたことがあるのは、こっちか。実は、昨夜の雨で道が悪くなり、行けないと言われた。悔しいと思いながら、サスキズから写真だけとった。

クロアシュテルフ教会要塞

満足して車に戻り、出発。オーナーは、係の人となにやら話をしていたところだった。次は、クロアシュテルフという街。もう村レベル。残念ながら、ここは閉まっていた。壁に沿って、周囲を回る。空の青が気持ちいい。

1人の男の子が自分に興味を持ったみたいで、挨拶を交わした。なかなかきれいに残っている教会要塞。オーナーは、その辺りのおっさんと話をしていた。

クリツ教会要塞

さらに移動をして、クリツへ。街にある建物も古いということで、写真に収めた。ここは、オフシーズンということもあって、教会は無料で入れた。ここの隣には、最も古いザクセンの学校跡がある。

ここの展示は、農具が含まれていた。パイプオルガン横のウェルカムボードに名前を残してきた。壁の内側は、2重屋根になっていて、屋根に足場の2役を担っていて面白い。近くのレストランも建物の一部らしい。

中を散策するが、途中、女に人に「観てもいい?」といったのがミスで、黙って見て回ればよかった。係の人がいるのが本当らしい。オーナーは、先に車に。自分はザクセンの学校を探検した。

ボロボロではあったが、いい形をしていた。オーナーのところに戻り、古い建物に入ろうとするが閉まっている。ここは、オンシーズンでは、泊まれるらしい。中はきれいらしいから、少し残念だった。

ビスクリ教会要塞

ここからビスクリというところに行く。ルーマニアは、道がいい。そう思ってオーナーに伝えた。
「ルーマニアで道がいいのは、幹線道路だけだ」
そしてその道路は1本くらいしかないので、よく混雑するという。日本でいう高速道路を作っているらしいが、時間はかかるだろう。日本は、高度経済成長期に、そしてその前のオリンピックでガッツリ作ったので、今思うとよく力づくでやってくれたとも思う。

このビスクリまでの道が穴ぼこだらけで、オーナーも運転が大変そう。1道1車線だけれど、お構いなしに道のいいところも選ぶ。なんとか到着。ビスクリの街の道もよくない。
「これって直さないの?」
「ここは道も世界遺産の一部なんだ。だから無理」
考えさせられる。

オーナーは、どこかの皇太子かの生まれた家を教えてくれた。青い壁のきれいな家で、なにか紋章がある。ビスクリは、街のメイン通りから少し歩くこのさきは一般車がはいれないからだ。

オーナーは、ここ出身の友人に写真を送っていた。道中は、編み物を中心にお土産を売っていた。オーナーは、合間合間に何かを食べている。それが面白い。ナッツやナシに似た果物だ。

ビスクリの教会要塞は、これまでで一番の大きさ。かっこいい。壁も2重。オーナーは外で待っているというので、1人で中に入った。英語のパンフレットが2レイ(当時、約60円)をタダでレンタルしてくれた。

教会の上の展望台からは遠くがよく見える。天気の良さもあって、気持ちがいい。教会の中は、天井が石のアーチではない。木の手すり、壁には絵がかかれている。ここには、しっかりした博物館がついていて、ザクセンの人々の暮らしを少し、感じることができる。

ザクセンということもあり、ドイツからの観光客がちらほら。磁気や衣服といった生活品に目がいく。ここは、楽しくて1時間ほど滞在した。壁の中に入れて、結構遊べたのだ。外に出てからも壁の周りをウロウロ。自由だった。

壁に建てるように出っ張りがあることがあるが、薄い壁を支えるには大事なパーツ。ようやく気づいた。意味なく存在するものなどない訳だ。

ダチア教会要塞

またガタガタの道で、ダチアまで行く。ここは教会には入れず。中庭は学校のグラウンドになっていた。そういうのもあるらしい。ここでオーナーは、休憩を入れてくれたが、自分はとにかく教会を見続けた。

教会要塞の教会、いまもミサに使われているか、オーナーに尋ねてみた。
「ザクセンの教会だからな。ルーマニアの人は使わないぞ」
なるほど。ザクセン、つまりドイツ人が集ったら使っているのかもね。

そろそろ終わりだろうか、そう思っていると、今度はルペアという街に行ってくれる。途中、イーグルだ、と鳥好きのオーナー。そして車を止めて熊の存在を教えてくれた。メチャ目がいい人。よく運転中に気がついたと思う。熊は、広がるとうもろこし畑の近くの林に姿をみることが出来た。

近くの家に家畜用の水飲み場がある。もしかしたら野生じゃないかも、といっていたが、熊に限ってそんなことあるんだろうか。しばらくして、丘の上にお城が見える。心踊る。まさか知らないお城に行けるなんて、考えてもいなかったからだ。

途中に車を停めてもらって写真を撮った。いやぁ、かっこいい。最初は、街にある教会要塞を見るということで行ったが、閉まっていた。そして、いよいよ丘の上へ。

ルペア教会要塞、ではなくルペア要塞

ここは、ルペア要塞という。まったく知らん。ここも自分だけ入る。オーナーは、外にいるという。サスキズに戻ることもあって、時間を確認したかったが。
「いいよ、好きに観てきな」
と言ってくれた。

中に入ると、もう感動。スロバキアのスピシュ城を思い出すレベル。どっちもいいから比べようがない。が、マイナー度はこっちのほうが上だ。配信したい。久しぶりにそう思った。オーナーが少しくれたお菓子、それと出発時のお菓子。それくらいしか食べていなかった。

坂の多い要塞だから、気合を入れる。英語の解説がしっかりしていて周りやすい。人は2グループくらい。自分は、全てを回った。部屋の数が少なかったり、持ち主の記録がなかったりと謎が多いこの要塞。それがここルペア要塞を面白くした。

ここはもっといい観光地になってもよさそう。ポテンシャルは十分。ルペアの街から距離があるのが気になる。配信は、通信が途切れ途切れで大変だった。原因は、わかってない。Orange のSIMカードのせいだろうか。ここも1時間を超える滞在。かなり楽しんだ。

ルペア要塞は、思わぬ場所だったのが、それもよかった。オーナーと合流して、家路へ。「やっぱりサスキズにいきたいんだけれど」
「というのでもちろん Yes」
今日はほんと盛りだくさん。料金を上乗せさせられないか、それが心配だった。彼とは、車内でよく食べる肉の話。昔の日本は、肉食禁止だったこと。寿司の安全性の証明。日本のバカンス。なぜ日本の人は、あまりルーマニアに来ないのか。などを話した。

寿司に関しては、説明に苦労した。ルーマニアの人は、運転が荒いというが、日本人もそういう人がいるっていったら驚いていた。

サスキズ要塞

サスキズの上の要塞は、丘の上。オーナーは、道が悪い中、車が行けるところまで行ってくれた。あとは2人で歩いて、要塞に向かった。オーナーは、こんな上にまでどうやって、石を運んだのかを不思議がっていた。

「建てる前に、カタパルトであらかじめ材料を飛ばしたんじゃないの?」
割と本気で言ったんだが。
「まさかぁ」
で流された。

車で歩いて10分ちょっとで入り口へ。そのアーチがみごとだった。それにそこからの景色も。おそらく、ここを攻めるのは大変だっただろう。急な勾配に悪い足場。辺りがうす暗くなって、足場には注意が必要だった。

姿が見えない自分を心配したオーナーが、大声で名前を呼んでくれた。すぐに応えたので、安心したようだ。

壁の外を歩きたかったが、足場の狭さと暗さ、そして雨のぬかるみで安全を考えて止めた。オーナー曰く。
「ここは、1、2年で修復を始め、ここの姿は変わっていくそうだ。だから、写真に撮って覚えておこう。貴重なことだ。そしていいカメラを使っているからぜひ送ってくれ」
とフェイスブックを交換。

面白い。でも少しモヤッとした。今、一眼で撮っていて楽しくないからだ。スマホで撮ったので、十分。今はそういう時期らしい。

オーナーに電話がかかってきて、急な予約が入ったとかで変える必要が出てきたそうだ。19時過ぎるまで、たっぷり付き合ってくれ、そして最後にここサスキズの上まで連れてきてくれた。なんの不満もなかった。

現地ルーマニアの人と1日中話が出来たことは、とても貴重だった。あまり顔に出ていなかったから、オーナーは自分が満足したか心配していた。自分は、大満足。

ホステルに戻るまえ、彼にどうしても八方手裏剣の使い方を伝えておきたくて、毒を塗って使うことを教えた。彼も、もともとの殺傷能力が低いことを不思議に思っていたようで、大いに納得してくれた。他に十字手裏剣があるが、それは売っていなかったという。おそらく、十字架に似ているからだろうという自分の見解に、彼は納得していた。

ツアーから帰ったのは、20時

帰って、彼は本来の仕事に戻った。200レイ(当時、約6000円)を支払って。今日は行ってよかった。戻りは、20時。もう暗い。ここにはキッチンがない。それで、ラーメンを作らせてほしい事を伝えたら、お湯を持ってきてくれた。パンをもちろん無料で付けるということで、3枚もらった。

天気もいいので、中庭にキャンドルナイトをともしてくれた。写真を送ってくれよ、という。部屋に戻って、写真のバックアップ。テレビは今日も映画をやっていて、ジャッキーチェンが出ていた。たぶん、七福星だろう。本当最高。埋没しそう、宿が安ければ。1泊20ユーロなので、とても贅沢。それでも延泊を考えていた。

気合を入れて、日記を書くつもりが、へとへとになってなかなか動かない自分。困ったが無理して書くものでもないため、なんだかんだで半端にも眠りについた。ジョンからは、昼過ぎに着いたという連絡をもらった。まさか、そんなに早く着くとは思っていなかったので、ツアーに出たわけだが、彼とは明日会うことになった。

補足

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