【旅の記録】シギショアラを堪能する:ルーマニア【124】

ルーマニア

11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録

2017年5月出発した旅のことを、記憶と記録を頼りにつづってみようと始めました。
書き方などはだんだん良くなるはず(笑)なので、見守っていただけると嬉しいです。
※途中、記憶違いや文章の構成的にフィクションが入るかもしれません。ご容赦ください。

巡った順序 → 日本 → (韓国) → ロシア → フィンランド → スウェーデン → デンマーク → ノルウェー → エストニア → ラトビア → リトアニア → ベラルーシ → ウクライナ → ポーランド → ドイツ → チェコ → オーストリア → スロバキア → ハンガリー → ルーマニア → モルドバ → (沿ドニエストル共和国) → モルドバ → 続く…

初めての方はコチラから → 11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録と記憶

こんにちは、mickです。

この日は、まる1日をシギショアラで過ごした日。
特に、シギショアラ旧市街を遠くから見ることができる丘の上。
ここにいったのが面白かった。往復で10km近くあるので、ツアーでいくようなところじゃあない。自由な旅ならではだと思う。

夜には、ブラショフで出会ったアメリカからきている中国人のジョンと再会。
色々話できた。同じアジア人だからなのか、すごく気にかけてくれることが嬉しい。

日付:2017年9月19日(火)

日付:2017年9月19日(火)
地域:シギショアラ
天候:雨のち晴れ

雨のシギショアラ

朝、トイレと雨音でうっすらと目を覚ます。昨日は、あんなに天気だったのに。オーナーは、この季節はそうと言っていた。日本と同じで、季節の変わり目は天候が安定しないのだろう。シギショアラは、小さな街。最低、午後に出ても街は見て回れそうだった。それで、雨が止むまで再びベッドにもぐり込んだ。

この日、夢を見た。高校の卒業を喜んでいる自分が居た。帽子か何かを上に向かって放り投げた。そして、友人に質問をしていた。どうして遠くの大学に行かないのかって。記憶はそこで途絶えていた。なにか回答をもらったのだが。

何より、夢を見れたのが嬉しかった。それがここがあっているということ。そして延泊を決める手になった。雨がすごい降っていたのに、オーナーは、頃合いを見てコーヒーを届けてくれていた。砂糖もミルクも昨日は使わなかったからか、今回は付いてこなかった。ちゃんと見ている。

外が晴れだした頃に外に出て、オーナーと会った。昨日、歩いて2、3kmのところに、オススメの所があると教えてくれた場所を確認した。Googleマップで調べると、4.5kmある。めちゃ遠いやん。

シギショアラ丘の上の教会

朝は、雨がひどかった。オーナーとは、そんな日常会話。 まずは、丘の上の教会へ向かった。学校から子どもたちが出てきている。元気。ここの教会は、ただではない。8レイ(当時、約240円)。それで最初入るのをためらった。一度去ろうとしたが、引っかかる。このジャッジ感。この旅でより顕著に感じる。

とても古い教会なので、中の造りが気になってしまった。それが決め手で入ることに。日本語の説明書きが用意されて、そして地下に部屋があるという。地下とかワクワクする。それだけで入った価値を感じた。地下には棺桶を収める空間がある。天井は、石のアーチ。白い造りで壁には絵の跡。

何やら座るところに説明が。気になったがそれだけだった。こころは動くことはなかった。中の絵を撮って、外にでた。解説にあった外の塔を望み、周囲を散策。下へ降りていった。

時計塔から一望するシギショアラ

さらに晴れてきて、雨上がりで空気もいい。写真はよく写った。統計塔に行く。中は、歴史博物館のようになっている。土器の展示があって、そしていきなり現代に近づいてきた生活道具。医療用具。がおいてあった。時計は今も動いている。以前は木でできていたようだが、今は鉄でできている。何やらギミックがありそうだが、その仕組みや動作はサッパリ。

さらに上へ。展望台になっていて、シギショアラの旧市街が一望できるようになっていた。手すりにはここから他の都市までの距離がプレートで表示していた。ブダペストはもちろん、ブカレスト、北京、10を超える都市。自分はもちろん東京を探した。そのプレートをみつけ、8890kmと書いてあった。赤道の1周で、40,075kmという。

地元のパン屋 gigi のパンがうまい

途中からお腹がめちゃ痛くなって、急いで塔を降り、ホステルに急いだ。天候は気になったが、オーナーのオススメの場所へ向かうことにした。小腹も空いて、gigiというパン屋の前を通った。一度通り過ぎたが、戻って買う。

棒状のパンにソーセージ、2つの打ちひとつにはチーズ入り。これがうまい。買って正解。帰りも買おうかと思った。丘の上に行くために、とにかく歩く。地図アプリmaps.meやGoogleマップを見ながら。

旧市街の下のメイン通りをいき、そして橋を渡る。近くの川で釣りをするんだろう。釣具を持った人たちが川へ。この街の日常の一部だ。橋を渡った先は、まったく観光地ではない人が住む場所。日常がある。

鉄道の通るところを越えて、オーナーの指示を無視して、maps.meやGoogleマップに従い、別ルートを行く。さらに、地元感が増していく。道がなくなることはなかったが、雨でぬかるみ、ゴミに溢れた道は気持ちがいいものではなかった。道の綺麗さを知って、オーナーは道を教えてくれていたんだろうか。

ぬかるみの出口で、地元の人が不思議そうにこっちをみていた。観光客が通るところじゃないからだろう。あるいは、そう信じている自分の心が写したものか。

シギショアラ旧市街が映えるスポット

人の住む家もなくなって、森を抜ける。熊でも出そう。気持ちのいい森。上に、上に進む。奥にはお店があって、店員に入っていいか聞くと、こころよい返事が返ってきた。先にもらえると、返したくなるこころが働く。ここで飲むつもりはなかったが、ここで休むことにした。

シギショアラが一望できるこの場所。この街で生まれたオーナーは、特別な気持ちで生まれ故郷を見るんだろう。彼がここが好きなのも理解できる。自分も大分、そして別府が一望できる場所を好んだ。人が街の景色を見るのが好きなのはそういう背景があるからかもしれない。

さっきの店員にいって、ルーマニアのビールをいただく。何やら猫がいる。小さい。かわいい。お客からおこぼれをもらっている様子。自分は飲み物だけなので、あげられないがかまってもらった。

ビールのあとは、カプチーノを追加。ひとときを楽しんでいた。オーナーに延泊を伝えたかったが、値切りたかったので直接いいたかった。

お店では支払いのとき、大したサービスもないのに、13.50レイに15レイだしたらお釣りがこない。それでお釣りを出せというとは、みたいな。別の人が入って、1レイを出すと返ってきた。うーん。

この丘の上にホステルが1件あって、そこからも景色を見た。帰りに犬が1匹なついてくる。犬や猫と関わるとおき、いつも狂犬病に怯えている。この犬は、洗われていない。おそらく野良だろう。とても人懐っこく、腹を見せてくれる。捨て犬かも知れない。

そして腹を見せて、コロコロして。必死に服従のポーズ。とにかく愛してもらおうとする姿に胸が苦しい。人間も犬も愛して欲しい、という姿は一緒なんだと気づかせてくれた。彼もわかっているのか、必要以上には、自分を追ってこなかった。

日本の友だちとのやり取りに感動する

さすがに疲れつつもホステルへ戻る。帰り道は道が舗装されたルートだ。夢のこともあって、日本の友だちにLINEでメッセージを送った。日本では、22時を過ぎている。すぐに返事がきた。彼は、最初にオーストラリアに自分が行っていると思ったようで、ルーマニアにいることに驚いていた。彼は自分の身をすぐ案じてくれるメッセージをくれた。涙出る。街並みが見たいというので、時計塔からの写真を送ったら感動してくれた。そう、感動してkるえた。彼の、自分の友人の存在に感謝をした。

丘の上からの帰りにも、gigiでパンを買って帰った。今度のは輪になったパンの中に、チョコが入ったやつ。これもウマイ。

ホステルに戻り一息。往復で10kmか。そりゃ疲れる。ジョンからは連絡はない。仕方がないのでこちらからメッセージを送った。直ぐに返事はない。オーナーもいないので、話もできない。それで今度は1人で街の散策。チームイタリアと行ったところにいくことにした。

アメリカからの中国人ジョンと再会

写真を撮りながら楽しんでいると、ジョンから連絡が。いまホステルにいるという。
「どちらかのホステルで会おう」
というので、彼のホステルに向かった。自分のホステルは、共有スペースがイマイチだから。

彼のホステルは、自分が予約しようか悩んで埋まってしまったところだ。入り口は開いていて、すぐにジョンが出迎えてくれた。また、オーナーについての口コミで、名物の女性も出迎えてくれた。アナスタシアさんだ。

中庭がとても広くて、いい共有スペースがあった。開放的だから冬は辛いだろうが。ジョンは、街の散策を楽しんで、満足したようだ。彼は明日の早朝、シビウに移動する。

時計塔でのことを話してくれて、朝の6時と夕方の6時に入れ替わる人形、曜日で入れ替わる人形といった話を教えてくれた。彼は、世界のいろんなところにいっていて、たくさんの写真や動画を見せてくれた。

もちろん、日本にも。今はアメリカに住む彼。経緯は聞いていないが、もう20年っていっていたかな。ご両親は、上海にいるそう。どちらかにくることがあればおいで、といってくれた。

彼はいろんな素敵な場所を教えてくれたが、覚えているのは、ギリシャのミコノス、そしてSダさんの夢のサントリーニ島だ。民族についても話をしたが、少し難しくて聞き取りと理解が追いつかなかった。

途中、日本人の女の子がホステルに来たが、絡むことはなかった。女の子も話しかけてこなかったので、そんなもんだろう。

値下げ交渉成功

寒くもなり、21時に近づいてきたので、二人でセルフィーを撮ってお別れした。帰るとオーナーが居たので、延泊とディスカウントをお願いする。Booking.comのオーナー用アプリがあるみたい。
「ラッキーだね。部屋は空いているよ」

最初、80レイ(当時、約2400円)だったのを、70レイ(当時、約2100円)にしてもらった。強気で、60レイから、と交渉にいけない自分がいた。握手をして支払い。これで一安心。

洗濯をして、日記をつける。この日の映画もジャッキー・チェン。今日はおそらく、笑拳。やっぱり面白いな。まだもう少し、この場所に居られる。休める。そう思ったら嬉しかった。

朝、外が明るくなるまで日記を書いてから眠りについた。ブラショフに戻ったときのホステルは、おさえておいた。

補足

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