【旅の記録】 ベラルーシトランジットビザミッション当日:リトアニア【60】

リトアニア

11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録

2017年5月出発した旅のことを、記憶と記録を頼りにつづってみようと始めました。
書き方などはだんだん良くなるはず(笑)なので、見守っていただけると嬉しいです。
※途中、記憶違いや文章の構成的にフィクションが入るかもしれません。ご容赦ください。

巡った順序 → 日本 → (韓国) → ロシア → フィンランド → スウェーデン → デンマーク → ノルウェー → エストニア → ラトビア → リトアニア → ベラルーシ → ウクライナ → ポーランド → ドイツ → チェコ → オーストリア → スロバキア → ハンガリー → ルーマニア → モルドバ → (沿ドニエストル共和国) → モルドバ → 続く…

初めての方はコチラから → 11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録と記憶

こんにちは、mickです。

この先、ベラルーシを経由してウクライナに行くことにしていた。
ただベラルーシに入国するにはビザが必要。
自分は48時間滞在可能なトランジットビザを狙った。

旅人の間ではトランジットビザの申請をリトアニアのヴィリニュスでやるのが流行り。
方法論もあったため、自分もやることにした。
先行していた友だちの情報も助かった。

ベラルーシ領事館の受付の人、当たりを引いたみたいで、書類に不備があっても丁寧に教えてくれて訂正させてもらった。
人によっては、やり直しさせられることもあるらしいからだ。怖っ。

図書館めぐりもしっかりこなす。

ベラルーシ領事館前や宿のルームメイトで新たな出会いが。
旅最高って思える瞬間の一つ。

日付:2017年7月17日(月)リトアニアの国立図書館

日付:2017年7月17日(月)
地域:ヴィリニュス
天候:曇り時々雨

最大ミッションベラルーシ領事館へ

ついにベラルーシのトランジットビザ申請の日が来た。
寝る前に荷造りはしておいた。

買っておいたエナジードリンクで気持ちを入れていく。

レンタサイクルを借りることに。
手続きはオンラインで出来る。クレジットカードには、VISAを使う。

同室のジャマールが薄目をあけたので挨拶をして出発。
なんだか応援してくれている気がした。

駅近くのサイクルステーションは機械が止まっていて使えない。
マジかよ。
ネットで探して近くのもう1か所を見つけ、そこはOKだった。
初回の使用で、159ユーロのデポジットを取られる。
オンラインでの手続きの意味は何だったのか。

ベラルーシ領事館近くのサイクルステーションで返却。
1度の利用で30分を超えると料金が発生するのが面倒だ。
ベラルーシ領事館までは、さらにそこから歩いて10から15分ほどかかる。
着いたのは、8:00。

ベラルーシのトランジットビザを申請する

この時点ですでに待ちは、38人。自分で39人目だ。
さて、何時間かかるか。
先行しているSださんの報告に従って、3つあるうちの一番右の保険屋で保険に入る。
事前にきいていた情報とは違って、手際が悪い。
コピー代金も有料。用紙も有料。
用紙記入のとき、保険の日付が間違っているのに気がついた。
「20 to 22」といったのだが、「22」しか聞き取ってもらえてない。
アホかい。
もちろん、無料で訂正してもらう。
よかった、ロシアのビザを取るときとき間違うときがあるから確認するように、と教わっておいて。

出生地のところと本籍が異なる自分。パスポートには、本籍しか載っていない。
相手の手がかりはパスポートのみ。
そう考えて出生地域は、パスポートに書いてある本籍地にした。

順番が来るまでレインウェアを調べたり、カメラのレンズをみたり、終いには日記を書いたりしてた。
Sださんは、35人目で3時間といっていたかが、自分は39人目で、やはり同じくらいの時間だった。
途中、雨が降る。

ひたすら待つ。

1人、イタリア人と話をする。
彼は短期で5日、ミンスクに滞在するとのこと。
ヴィリニュスは、少し見て回ったそう。

「なんか緊張する!」

「俺もさ!」

いいやつ。

ゲートのシステムでハマる人たちをみて、ニヤニヤしちゃう。
何度もチャイムを押してから「ごめん、開けてください」だって。
ウケるわ。
ランプ着いたらゲートを回せばいいだけやん…

質問書の正答もわからないが、行くしかないな。
139→5の表示で自分の出番。ゲートは滞りなく通る。

受付の子は、おそらく20代半ばくらいの女性。
多少あった間違いや不足分を嫌な顔しなで指摘、対応してくれた。

「TRAIN Vilinul → Minskus」という移動手段に。

「TRANSIT TO UKRAINE」と目的に。

トランジットなので、「2」日としか書けないなど。

単語がわからないのをコピーした用紙を戻してまでやってくれたし。

本当に助かった。

人によっては、不備として「REJECT」されているところだ。

「What do you doing in Vilinus?」も「Sightseeing」ではだめで、「Tourist」で通った。

また「ウクライナからはどうするの?」

という質問に対しては、「ポーランドに抜けます」と応えておいた。

ベラルーシ入国は20日、出国は22日、滞在2日でいけるかは明日次第。
トランジットでは、48時間滞在可能なためだ。

「トランジットビザは、いつまでに欲しい?」

応えたものの、もう少し丁寧に「Tomorrow is Better」と応えておけばよかった。

「ジェーブシカ、スパシーバ」

といったが、あきれのような、照れのようなものを感じた。

引換券をもらって、これで終わり?的な立ちすくみ。
ゲートを出ると、イタリアの彼。

「How was it?(どうだった?)」

「Maybe(多分大丈夫)」

「Just to think of Cross(神のみぞ知るだね)」

そういって人差し指と中指を交差させた。
なんか嬉しかった。
お互いの旅の無事を祈って、握手をして別れた。

彼は間違いなく旅人だ。
いつミンスクに滞在するかきけばよかった。

リトアニアの国立図書館

天気も悪いし、近くに国立図書館があるから向かうことにした。
あまりヴィリニュスの旧市街に興味が湧いてないっていうのはある。
坂を下って進み、途中のスーパーでお昼とおやつを買う。
2ユーロ以下で済ませた。

国立図書館のある通りは、街並みが整っていた。
銀行を見つけて、後でお金を下ろすことにした。
リトアニアをでたあとは、ユーロでおろせるようになるまでしばらくかかるから。

国立図書館の最初にみた印象は「出た」。
街の景観を壊さない造りは好感が持てる。
図書館の中で、初めて自動ドアに出会う。
中に入ると案内の人がフロアガイドまで連れて行ってくれた。

「今はココよ」

と教えてくれた。

もちろん、トイレは無料。カフェが併設してある。

モダンな作りながら、リガの近代的な造りよりも好き。
あちらは姿で誇張しすぎ。

全6階で、一般開放は5階まで。
写真展や博物展示もしている。
本の数は多くないがリーディングルームに余裕がある。
ある部屋はロフトのような作り。
そこの机を使って、日記を書く。
お昼くらいから、18:30まで。

銀行でユーロをおろしたり、おやつをたべたりした。
この日、ついに当日の日記をかくまで追いついた。

めでたい。

ヴィリニュス旧市街散策

集中力も切れたので、18:30という時間を儲けた。
レンタサイクルで旧市街まで散策。
ZARAやH&Mなおがあって、駅前に比べて観光客も多く、活気もある。
日本人もみかけた。

カテドゥロス広場まで行き、KFCに誘われながらも進む。
ゲディミナス城がみたかったからだ。
しかし、この城は今修復中らしく、入れない。

ショック。

城があって、加えていいビュースポットなのに。
王宮の前を通ると、何やら騒がしい。
ネットで調べると、夏のイベントがあるそうだ。
29ユーロで、今日はモダンバレエ鑑賞の日。

29ユーロは高い。ここで悩むのに時間を使ったことを残しておこう。
30から40分は使ったな。
それならレインウェアとレンズをみた方がマシだ。

BGMがLIVEだったら入ることにして、チケットの売り子に尋ねるが、知らないって。
29ユーロで30ユーロだしたら、お釣りなしという。
カードも使えない。

これは運営が悪い。
女の子も困っていた。

で、観なくていい、というサインと受け取って鑑賞は止めた。

久しぶりの贅沢な夕食

帰る途中、日本人のバックパッカーらしき人がテラスで食事をしていた。
リトアニア料理のお店という。
入って、ビール、リトアニアポークカツレツ、鶏の切身ガルツを食べる。
ビザ取得の前祝いだ。
昨日、まともに食べてなかったからテンションあがる。

女の子も営業スマイルとはいえ、かわいい。

衣装もそう。

気持ち1ユーロを残して帰る。

だいぶ暗くなった。
自転車は借りて正解な気がする。機動力が違う。

ホステル前でジャマールにあった。
挨拶をして中へ。

韓国からの黄さんとの出会い

電気はついてたが、真ん中に1人の男性が寝ていた。
中国人か韓国人か。
とにかく日記を完全に追いつかせたかったので、テーブルを寄せて書いていた。

そしたら彼が起きて、挨拶を交わす。
英語のイントネーションがすごく日本人に似ていた。
ききあぐねていると、向こうからきいてきた。

「どこからきたんだい?」

「日本からです」

「私は韓国の大邸からだ」

大邸は釜山から近く、何度も福岡へ船で来ているそうだ。
面白いことに、彼もウラジオストクからシベリア鉄道でモスクワ、そしてサンクトペテルブルグへ。
そのあとは、タリン、リガ、ヴィリニュスときて明日にはワルシャワにいくそうだ。

早朝の便で8時間かかるという。
夜行はもう嫌らしい。
60歳で街歩きもつらいって。
なので若いうちの旅はいいという。

お互い片言の英語で話をした。

東南アジアはいいところ、特にタイとバリ。
彼はデイトレーダー。
稼いでは旅をしているそう。
それでも、36さいのときはとても働いて、1998年の韓国経済恐慌ではとても苦労したそうだ。
たくさんの自殺者がでたという。
今日の韓国の若者のこと、1人での食事、クレジットカードの使いすぎ。
インドとフィリピンは危険。

最後は、韓国に来ることがあったら、うちに来い、と連絡先を好感した。
黄さん。
Wi-Fiがあればどこでも働ける、そういう彼が羨ましかった。

「If I want, just do it. Life is short.」そう教えてくれた。

韓国では、60歳が人生のすべてを経験したとして、特別な年齢であることを教えてくれた。
また、中国、韓国、日本は近いアジア人種だが、他の国同士は全くことなるアジア人種だとも。

話は尽きないが、ジャマールが戻ってきて時間も1:00近い。
電気を消して自分はキッチンで日記の続きだ。
黄さんがどこいくの?なぜ?と少し名残惜しそう。

自分も同じだったが、あの部屋ではもうダメだ。

「日本人は礼儀正しいから好きだ」

そういってくれた黄さん。

自分の中の韓国人に対する悪いイメージが、ただのイメージで素敵な人が居る。
そういう大切な出会い。
頑張って、朝別れを告げたいと思う。

補足

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