【旅の記録】オーストリアのウィーンからスロバキアのブラチスラヴァに移動:オーストリア:スロバキア【108】

オーストリア

11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録

2017年5月出発した旅のことを、記憶と記録を頼りにつづってみようと始めました。
書き方などはだんだん良くなるはず(笑)なので、見守っていただけると嬉しいです。
※途中、記憶違いや文章の構成的にフィクションが入るかもしれません。ご容赦ください。

巡った順序 → 日本 → (韓国) → ロシア → フィンランド → スウェーデン → デンマーク → ノルウェー → エストニア → ラトビア → リトアニア → ベラルーシ → ウクライナ → ポーランド → ドイツ → チェコ → オーストリア → スロバキア → ハンガリー → ルーマニア → モルドバ → (沿ドニエストル共和国) → モルドバ → 続く…

初めての方はコチラから → 11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録と記憶

こんにちは、mickです。

オーストリアのウィーンから、スロバキアのブラチスラヴァに移動した日。
この2つの都市は、めっちゃ近くてバスで1時間。このとき、割引で1ユーロで移動できたっていう。旅史上最安値の国境移動だった。

この日、ブラチスラヴァはお祭りの日みたいで旧市街では催しものをやっていた。
エストニアのハープサルでみたような、民族衣装を着た歌や踊りがあって、子どもたちが歌ったり踊ったりする姿は可愛かった。

ブラチスラヴァ城にせっかくいったのに、無駄に考えすぎて城内入らなかったのはしっぱい。翌日は月曜日で閉まっているっていうね。自分の癖に反省した。

ホステルでは、ブルガリアの女性と仲良くなって自分の国のことや仕事のこと、旅のこと、家族のことなんていろいろ話した。仲良くなれたのは、彼女の社交性もあるだろうが、彼女と年齢が近いのもあったかもしれないな。

日付:2017年9月3日(日)ウィーンからブラチスラヴァで1ユーロ

日付:2017年9月3日(日)
地域:ウィーン、ブラチスラヴァ
天候:雨

出発の朝は大雨

スマホのバイブと雨音で目を覚ます。外は激しい雨音。それで、出発をためらった。ブラチスラヴァは、ウィーンから1時間の距離。向こうの天気も良くないはず。それで、予定を変えて出発を遅らせることにした。Student Agency のキャンセル料は、出発の15分前までなら0ユーロ。しかも、11時発なら1ユーロという破格で、到着が遅れるけれど、それに予約を変更した。

トイレにいって寝ようとしたら、クレイジーに捕まる。寝るなよ〜、といってきてきた。無視して2度寝。起きてから、フリーフードコーナーを漁るがなにもない。もう出発しろっていうサインをもらった気がした。延泊の手続きについて何も行ってこないから、自分から伝えて手続きを済ませる。ただ、なんか腑に落ちない。

自分の部屋に戻って、クレイジーに捕まらないようにして部屋を出た。朝食は、フリーフードでとっておいたヨーグルト。ただ、一部をロッカーに置き忘れたので少し心配。

1枚のチケットから思い出す日本

メトロを乗り継いで、バスターミナル最寄りの Stadion へ。日曜日だからか、郊外行きのメトロはガラガラ。少しさみしい。ここの長距離バスは、 Student Agency だけが出ている様子。プラハとウィーンの間を結ぶ便が頻発していた。プラットフォームの番号と、そこの時刻表をみて、場所と乗り場に間違いがないことを確認してバスをまつ。

寒くて、ユニクロのウルトラライトダウンジャケットが登場。ポケットをさぐると1枚の紙切れが。友だちと出雲にいったときの、米子からの帰りのANAのチケットがでてきた。あれが、今年のことなんて信じられない。懐かしさと思う二度と戻らない、あのときを感じた。寂しさだろう。ありがとう、そういって、破いてゴミ箱へ。

人が少なくて、少し不安だったが何もなくてよかった。予定通りにバスがきて乗り込む。ウィーンの空港で1人の若者が隣に座る。なぜここ選んだし。狭い。ロシア語圏な感じだった。特に会話もなく。

「USBの口が余っているから使っていいよ」とジェスチャー。
「モバイッルバッテリーあるからいいよ」と。


そんなものなのかな。トイレには遠慮なくいかせてもらった。このバスで、カプチーノの砂糖入りにすると、そこに砂糖が貯まるほど甘い。だがこれがうまい。

ウィーンからバスで約1時間でブラチスラヴァ

あっという間にブラチスラヴァに到着。バスターミナルで、プレショフのバスとかの時刻を確認する。が、見方がわからない。写メをとっておいて、あとでホステルの人に見方をきいてみよう。1人、おばさんが話しかけてきたあ、ごめん、何を行っているかはサッパリなんだ。

スロバキアに来た!と思いながらも気持ちは落ち着いていた。歩いてホステルまで。またここにくるのか、そう思いながら地図で見ると近いのに、10から15分は歩いた。ホステルは、比較的簡単に見つけられた。チェックインして部屋に入る。

スマホを充電している。誰かがいるようだ。ベッドは4台。3人埋まってる。トイレとかにいって部屋に戻ると、1人の女性がいた。ブルガリアからのヴァレンティナだ。シングルマザーで1人の4歳(5歳?)の娘が居るとか。

「その頃の子は、質問が多くて大変なときだね」
「そうなの!」

と、この話で盛り上がった。自分は、甥っ子のことを話して、関係性をつくっていった。明日にはポーランドに移動するらしい。お互い街の散策にでかけた。ホステルのスタッフにバスの時刻表の見方をきいてみた。何やら便利なWebサイトがあるらしい。「CP.atlas」という。助かる。

近くのスーパーで、パンとコーラを買ってエネルギーチャージ。旧市街へと向かう。曇り空、かろうじて雨は降っていない。そんな状態。旧市街はとてもこじんまりした印象。その小ささは、これまでで一番だと思う。思ったより人は出歩いている。

ブラチスラヴァのお祭り

教会の中で、何やら刺繍レースの即売会みたいなのをやっていた。有名なんだろうか。どうしても気になって、Googleの翻訳で「これは何?」と変換。お店に知り合いと犬がきて空気がよくなったのをみて話しかけた。最初、発音が悪くて伝わらない。結局、スマホの画面をみせてみると「チョトセ」という発音だという。丁寧に教えてくれて、「パリチコバーチプカ」というらしい。パリチカ、という道具を使った編み物だかららしい。

彼女たちにお礼を伝えて中央の広場に移動。何やらフェスティバルをやっていて、ステージが作られていた。バックヤードでは、民族衣装を着た女の子たち、青い服が眩しい。15時スタートというので待ってみることにした。エストニアのハープサルでみたイベントを思い出した。歌う人、演奏する人、そして踊る人に役割が分かれていた。一生懸命に練習したんだろうなぁ。この様子は少しだけライブ配信してみた。保存はしてないけど。

これまでに「英語話せるか?」のお金のせびりとパンを食べていたら「分けて」が来た。怖い怖い。せっかくのムードが台無しだ。あまり遅くなってもと思って、ブラチスラヴァ城へ向かう。途中にあった城壁の造りはいい感じ。坂、そして階段を登っていく。

マリア・テレジアも住んだブラチスラヴァ城

このブラチスラヴァ城は、「テーブルをひっくり返した城」と呼ばれ、実物をみるとその形から納得してしまう。修復されていたのでとてもキレイ。外壁が白いのもあってなおさらそうみえる。かつては、マリア・テレジアも住んでいたというほど格式が高い。特に、庭が素晴らしい。多くの観光客が写真を撮っていた。

この丘からみるブラチスラヴァの街並みは、素敵だった。中の博物館に入るかどうか迷った。残り時間が1時間ちょっとだから。見て回るには物足りない。2時間は星な。そう思って入るのをやめた。明日が月曜日だというのを忘れて。

庭では、大学生らしき4人組の日本人をみかけた。自分は友人と海外にでたことはないので、羨ましく見えた。城を1周して、いろんな角度からお城を観て楽しんだあと、写真を取りまくってから街に戻った。旅のブログでみた景色をみつけながら、マクドナルドでビッグマックをたべる。味は普通かな。

旧市街を散策していると、日本語の文字で「ラーメン」をみつけた。本場ものという売り込みだが、1杯11.9ユーロと高い。だが、おにぎりがあるのが魅力的だった。フェスティバルの会場は、フィナーレに近づいていて、パフォーマーの年齢があがっていた。

ホステルについていたフリードリンクで乾杯

ホステル近くのスーパーで買い出しをして、帰る。1人の男性がいた。チリの男性。食事に行くという。帰ったら話そう、そういって出ていった。シャワーや洗濯をしていると、ヴァレンティナがかえってきて、フリードリンクをのみにいくという。一緒に飲もうってなっていくことになった。

準備をしてたので少しまたせてしまった。彼女はベランダにいた。少し待ちくたびれた様子。日が傾き始めて、寒いからと室内に戻った。なぜか彼女は自分のことをきにいってくれて、会話がはずんだ。カノぞは、地図、というかカーナビの会社に勤める地質学者らしい。仕事は楽しんでいるという。自分がお城が好きだという話をしたら、ブルガリアにある素晴らしいお城を紹介してくれた。

「ブルガリアにきたら案内するわ」
そういって連絡先にフェスブックを交換。彼女はもう1杯おかわりしてた。絵英語で自分がやってきた仕事のことを説明することになったが、苦労した。楽しかったけれど。

「プログラマーは作るのすきだけれど、バグを修正するのは嫌い」
「そうなのね。虫(バグ)はどこにでもいるのね」
そんな会話をして笑いあった。

ポーランドへはウッチの友人のところにいくそう。それも会話がはずんだ。なんで?みたいな。友人から電話がきたが、何やらぬ感じ。相手は彼女に気があるのでは、そう思った。彼女は、知ってかあしらっていたみたい。

楽しい時間は終わって、寝る準備も有るからと22時には解散。チリの男性は、もう寝ていた。自分は日記、そして洗濯物の乾燥とかして、寝るのは2時を過ぎてからだった。

補足

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