【旅の記録】チェルノフツィからのカミャネツポディリスキー:ウクライナ【76】

【旅の記録】世界一周スタート:日本(次の目的地はロシア)【海外放浪】 ウクライナ

11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録

2017年5月出発した旅のことを、記憶と記録を頼りにつづってみようと始めました。
書き方などはだんだん良くなるはず(笑)なので、見守っていただけると嬉しいです。
※途中、記憶違いや文章の構成的にフィクションが入るかもしれません。ご容赦ください。

巡った順序 → 日本 → (韓国) → ロシア → フィンランド → スウェーデン → デンマーク → ノルウェー → エストニア → ラトビア → リトアニア → ベラルーシ → ウクライナ → ポーランド → ドイツ → 続く…

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こんにちは、mickです。

チェルノフツィに着いた日。
早速、ここにきた目的の1つ、カミャネツポディリスキーへ遠出。

これまでで一番苦労した道のりだったけれど、渓谷にそびえるお城に着いたときは一番感動した。

この日もいろんな人に助けてもらいました。

日付:2017年8月2日(水)秘境カミャネツポディリスキー

日付:2017年8月2日(水)
地域:チェルノフツィ、カミャネツポディリスキー
天候:晴れ

ルームメイトとの別れ

揺れる車内、スマホのバイブで目を覚ますも、少しまどろむ。
冷房が効いていて、上半身が裸な自分には、寒いくらいだった。
それでも、シーツを羽織ればなんとかなる程度。
ゆっくりしすぎたか、最後は車掌に起こされる始末。

他の3人は、すでにシーツを返して着替えも終えていた。
女性が着替えるのに気づかなくてよかったと思う。
彼女らもあえて起こさずにいたんだろう。
自分もいつでも出発できるように、準備を進めた。

終わって席に座ると、年配の女性が声をかけてきた。
「よく眠れた?夢は見た?」
何かと興味を持ってくれるのはありがたい。
たとえそれが言葉が通じなくても。
こういうことを通じて、推測する力をつけていく。
と、同時にコミュニケーションをとるということがどういうことかを知り、感じることが出来る。
そう、言葉は二の次だということを。
知りたい、知ってもらいたい、これがコミュニケーションの心だと思った。
そんな彼女も「リディアーモ」ですべてOKにしてた。

チェルノフツィに到着

列車がチェルノフツィに到着して、ゆっくりと下車。
年配の方が先に降りるのを待った。
到着直前、名前を交換してくれた。
マリアさんとヴィーラさん。
男性とは、会話がほぼできなかったが、別れの言葉は残してくれた。

動力車はすでに外されていたが、それらしき緑色の車両を写真に収めた。
駅を少し散策。
荷物を預けられるところや待合室を確認。
雰囲気も悪くはなかった。

なにせ、ここチェルノフツィを発つ際は、深夜0:28発のため、知っておく必要があったのだ。
重い荷物のセクに、駅を1往復半もしたのは、エネルギー効率が悪い。
自分がどうしたいのか、次の行動はどうなるのか、予測していった方いいとおもう。
特に、1人のときは。

地図で見ると、ホステルまでは歩けそうだったので、歩いて向かう。
口コミでは事前に知っていたが駅からホステルまでは、上り坂。
残念ながらゆるやか、とは言えなかった。
自分のことで例えるなら、西大分から実家に帰る坂くらい。
重い荷物が合っては、暑いさもあってかきつかった。
30分近く書けて着いたホステル入り口。
建物への通路の真ん中で猫が出迎えてくれた。かわいい。

カミャネツポディリスキーへの道

ホステルは、コーヒーショップと併設。
扉は開いていて、掃除のおばさんがスタッフを起こしてくれた。
腕に入れ墨を入れた細身の女の子。
寝起きながらも、親切な対応をしてくれた。
13:00にならないとチェックインできないので、荷物を置かせてもらい、カミャネツポディリスキーにいく。
彼女に、そこへいく方法を教えてもらう。
11か12番のバスでいける。カミャネツポディリスキーへは、55から60フリヴニャ(当時、約300円)くらい。
地図を使いながらわかりやすく教えてくれた。

必要な荷物を持って出発。
このとき、予備のバッテリーの入れ忘れには気づいていない。
教えてもらっった通りのバスのりばから、11番バスでバスターミナルへ。
乗車前に、ドライバーに行き先をきいていたので、降りるところで教えてくれた。
ここで、運賃のリレーに参加した。
3枚以上になると厳しい。
数がわかりにくくなる。

インフォメーションらしきところで、おばさんにカミャネツポディリスキーまでいくバスをきく。
「No.3よ、No.3だからね」
何度も念を押された。
バスはまだきてなかったので、売店で水を、そして窓口でバスのチケットを買った。
チケットには、バスの時間が載っていた。9:25。
それに合わせてバス乗り場へ。
するとさっきのおばさんが外に出てきた。
「これよ、このバスよ」
と教えてくれる。嬉しい。

灼熱の1日の始まり

バスの車内は、灼熱。居るだけで汗がでる上、冷房が付かないのだ。
発射するまでは辛かった。
バスが動けば風が通るから、なんとかなった。
そんな中で、爆睡できる自分がすごい。

カミャネツポディリスキーも、快晴で灼熱の暑さだった。
路上市場の活気が印象に残る。
生鮮もの、衣類、栽培道具などなど。
小腹も空いたので、おばちゃんが揚げてた大きな餃子みたいなものを買ってみた。
揚げたてアツアツ。余計に熱くなる。
少し、油っこいが塩味が効いて美味しい。
力も付きそう。
本に載っているマルトルーシカを待つがわからない。

とりあえず、バスターミナルで、帰りのバスの時間をチェックする。
「No.6のバスだ」
来たときのバスの運転手が教えてくれた。
チケット売り場の窓口は混んでいたので今はスルー。

ターミナル近くでのマルトルーシカ乗り場で1番を待つ。
10分待ってもこないので、近くのパン屋。
「1番のマルトルーシカってどこですかね」
「2つ目の十字路を右よ」
と、1人目のおばさん。
「ここからまっすぐいけば、お城に着くわよ」
ともう1人のおばさんが、(おそらく)教えてくれた。
もう歩こうと決めたので、2人目のおばさんに従うことにした。

この頃、自分が予備バッテリーを忘れたことに気づいて、スマホを機内モードにしたり、スマホをさわらないことでバッテリーを持たせようとしていた。
写真も撮りたかったので、気苦労が続いた。
ただ、城についたら充電できるとは信じていた。

カミャネツポディリスキーの城へ向かう

Google Map では、約40分の道のり。
今日の暑さは本当に辛かった。
水も生ぬるくて口当たりは最悪だ。
それでも旧市街への渓谷にかかる橋を渡るときは、疲れが吹き飛ぶほど感動した。
川、岩、林、家、すべてが美しかった。

旧市街は、他の都市と同じように石畳になる。
ひとつ、道に入ったところでおじさんが井戸らしき水を汲んでいた。
レバーを押せば出てきた水は、冷たくて最高の癒しだった。
飲めるかはわからなかったので、それはさけたが、持っていた手ぬぐいを濡らして、首に巻く。
また活力が戻った。
よく観察しなければわからなかったはずなことで、嬉しい発見。

地元の人々でも今日は暑いらしく、日陰で休む人をたくさん見かけた。
旧市街までは下り坂。旧市街からは上り坂。
途中、広場で観た噴水の水は澄んでいた。

ツアーへ、と勧誘もあったけれど時間がないといってお断り。
車のゲートの横を通り、道を下っていくと、右に曲がった辺りからついに、カミャネツポディリスキー城が。
本にもネットにも情報が少なくて、ここに来ることができるか不安だったので、この城を見ることができた感動は忘れないだろう。

写真を撮りながら城へ近づいていく。
喜びは束の間のちからを与えてくれたが、40分近く灼熱の中を歩いてきたため、かなりの体力を使っていた。
水も500mlを切って生暖かい。
場内でなにかかえればと思う。

渓谷の要塞カミャネツポディリスキー城

渓谷にかかる橋を渡って城へ。
チケット売り場で、30フリヴニャ(当時、約150円)を支払う。
1人の女の子が、じっと笑みとともにみつめてきたのが、印象に残る。
学生だろう。かわいい。
場内は外観とはうってかわってシンプルなもの。
観光化もしていて、お土産や食事、工作、博物館とかが入っていた。
入口近くの場所で、椅子がありかつ充電口がある部屋を見つけることが出来た。
ここで、充電と休憩をとることに。
それも約30分。人の出入りは気になるものの、待つしかなかった。
30%を切ったスマホを40%台まで回復させた。

和式トイレに近いタイプのトイレでようをたして、場内を散策。
外観とのギャップもあってか、熱はだいぶ冷めていた。
お店でクバースを12フリヴニャ(当時、約60円)で買う。
ペプシと迷ったけれど、やっぱりこちらで正解。
冷たくて微炭酸のそれは、のどごしもよくて、最高の癒やしに。
無表情の売り子は怖かったけれども。

渓谷の向こうの丘にみえる巨大な十字架が気になった。
その近くにはストーンサークルもある。

博物館が2つあって、1つは30フリヴニャ(当時は、150円)、もう1つは無料。
最初、博物館は1つで有料としか考えてなかった。
それで何の疑いもなく女性に30フリヴニャ払ったら、11世紀から15世紀の知恵と平気の発明品があるだけ。
20点ほどしか飾っていなくてがっかりした。
昔の鍵付き扉、低いところから高いところ水を運ぶ術、などは興味深かった。

もう1つの博物館は、お城というよりも近代の出来事についてだった。
ソ連の圧政と、ウクライナの戦いが中心。
オレンジ革命もあったと思う。
少し、斜め上の展示は面白くなかった。
別のところでやってくれと。

お城の地下や塔、城壁の通路などを散策したあとは、もう1度充電をおこなって、また飲みたいクバースを我慢して、城の周辺を見てまわる。
裏手からは、十字架までいけそうだったが、時間の関係で断念した。
ここは、城だけでなくて旧市街を含めて巨大な都市要塞だったんだと感じた。
渓谷に守られた都市、そこを統括して守るお城。
思いつきそうで考えつかない。でも実在する。
そんな自然を生かした好きなお城だった。

カミャネツポディリスキーの新市街

裏手にある洞窟をみたあとは、新市街へ戻る。
旧市街の入ってすぐに、1番のマルトルーシカを見つけて乗車。
バスターミナル2つ手前の交差点を左折したバス。
すぐに止まったところで下車する。
降りたの目の前はまた市場だった。
本に載っていた市場は、最初に着いたときにみたそれとは違っていたようだ。
どうりで1番のマルトルーシカがみつからないわけだ。

おばさんが2つ目の交差点を右に曲がる、といったのをここで理解した。
新市街は、人々に活気があって、すべてがカラフルに見えた。
それでも身なりからすると、決して余裕があるとはいえなそうだった。
バスターミナル近くのパン屋のおばさんにお礼と報告を兼ねて、会いに行った。
それで、パンを買って帰る。
特別にアツアツを出してくれたが、暑いよ、、、
でもありがとう。

車内まで来た物乞い

チェルノフツィ行きのバスが来てたので、チケット売り場にいかないでそのまま乗車。
やはり灼熱。
6フリヴニャ(当時、約30円)で買えたクバースが命綱。
出発を待っている間の約20分間に、3回の物乞いが来た。
1度目は男の子と女の子のペア。
お金と飲んでいるクバースを求められた。
2回目は男の子。弱さを武器にしつこく求めてきた。
3回目は年配の女性。

反対側に座っていた、十字架をさげたおばさんは、子どもには小学ながらお金を渡していた。
運転手が来てやっと出発。代金は60フリヴニャ。
帰りも爆睡。さっきのおばさんが、スマホを手に持って寝ている自分を心配してくれた。
「落とすからしまいなさい」
優しい。
そして気がついたときには、彼女は下車していなくなっていた。
車内での様子がみたことある、つまりデジャブを感じていた。

戻ってきたチェルノフツィ

バスターミナルについて、お礼に買ったパンをたべ、野良犬に注意しながらホステル方面にいくバスに乗る、12番。

公園前で下車。男の子と女の子が上半身裸で水浴びをしている。
この辺りの人は、いくつくらいまでは気にしないのだろうか。
無邪気な子どもたちが夕日に照らされて眩しかった。

1度ホステルに戻って、散策中にみつけたスーパーで6リットルの水、牛乳、コーラを買う。
水は十分すぎる量だが、それくらい暑かったのだ。
ホステルのランドリーが25フリヴニャなので、汗だくだったのもあって頼んだ。
シャワーを浴びて、ベッドで日記を書く。
洗濯物を干して、同質のおじさんと挨拶を交わし、日記を書き終わったころに、電気を消した。
アマゾンプライムで、映画「ブレイド」を懐かしくて観て寝る。
ヘッドライトを欲しがるロシアかウクライナの人とジェスチャーでやり取りした静かな夜だった。

補足

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