【旅の記録】潜入!未承認国家の沿ドニエストル共和国:モルドバ【131 – 2】

モルドバ

11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録

2017年5月出発した旅のことを、記憶と記録を頼りにつづってみようと始めました。
書き方などはだんだん良くなるはず(笑)なので、見守っていただけると嬉しいです。
※途中、記憶違いや文章の構成的にフィクションが入るかもしれません。ご容赦ください。

巡った順序 → 日本 → (韓国) → ロシア → フィンランド → スウェーデン → デンマーク → ノルウェー → エストニア → ラトビア → リトアニア → ベラルーシ → ウクライナ → ポーランド → ドイツ → チェコ → オーストリア → スロバキア → ハンガリー → ルーマニア → モルドバ → (沿ドニエストル共和国) → モルドバ → 続く…

初めての方はコチラから → 11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録と記憶

【この日の内容は、記録が長かったので2回に分けています(後半)】

こんにちは、mickです。

ホステルでは、暴力沙汰(笑)といったいろいろあるものの最初に予約した3泊分は滞在を決めていた。

旅する人がモルドバにくると話題になるのが、未承認国家にいけるというもの。
独立のため、約25年前はこのあたりで戦争していたんだよね。

以前は、沿ドニエストル共和国はあまりいい噂がなかった。なんでこの国に来るんだ、的な対応で国境でも賄賂を要求されるとか。
もっとも、自分がいったときは観光に力を入れる動きがあり、かつては国家機密扱いだった地図も開放されていた。

沿ドニエストル共和国は、とても平和なところに見えたな。

日付:2017年9月26日(火)未承認国家というものが存在する

日付:2017年9月26日(火)
地域:キシナウ
天候:晴れ

モニュメントの戦車の砲身はモルドバを向いている

図書館をあとにして、よりティラスポリの中心地に向かう。ドニエストル川の方だ。国の名前に使っている川。メイン通りのひとつで、25日通り。人も車もたくさん走っている。どうも、周囲を気にして写真を撮っていない。

教会や青いきれいな建物。ほかカフェがある。時間がないので、全てスルー。もう9月末。さすがに川で泳ぐ人はいない。近くには、モルドバの方に向いているという戦車。独立戦争の碑の広場。よくブログに出てくる看板。政府視聴者とレーニン像。

時間がないというのに、まあよくみて回ること。馬に乗った誰かの像もある。トラムを1本、目の前で逃したので、数十分まつことになった。掲示板に広告を貼る女の人がきた。黒いかばんにのり。広告の1枚目にのりを付けて、2枚目とこすり合わせて、2枚ともぺたりと貼り付ける。みていておもしろい。はげてきたら、のりを付ける。彼女の服はボロボロだった。どういう立ち位置が気になった。

こんなのをみたり、猫がゴミ箱を漁るのを見たりして、やっとトラムが来た。もう16時近いので、急がないといけない。いつものように運転手からチケットを買うと思っていた。
「チケットいくらですか」
「後ろだよ」
と指をさされる。で、座っている女性が、この人よ、と教えてくれた。どうやら集金係りの人が一緒に乗っていて、チケットを売るようだ。3ルーブル。係の人が、プラスチックのお金を見せてくれる。いる?的なことをいってくれるが、とっさに、いらない、とジェスチャーを示してしまい、何もなかった。

隣町のベンデルまでは、約25分。うとうとした。案内の女性が言ったとおりに、終点で別のトラムに乗り換える。2ルーブル。地図アプリmaps.meをみながら、乗り過ごさぬように気をつけた。

到着ベンデル要塞

16:30を過ぎて、焦る。ベンデル要塞の入り口でチケットを買う。受付の人は、英語が話せた。ありがたいのは、ウェルカム感があるということ。日本人に対するイメージか、それとも観光に力を入れているからか。それはわからない。

まいったのが、この入口からベンデル要塞まで、また歩くということ。5から10分はかかる。廃工場みたいな建物の横。謎の馬車かご。そんなのを通り過ぎると、ついにその姿を見ることができた。

ベンデル要塞の外観は、かっこいい。要塞だし、お城だった。入り口は、チケットを買った側からは真反対。小高い位置にあるこの要塞は、遠くにティラスポリの姿が見えた。受付の人が、建物の中にある2つの展示、売店、そしてカフェがあることを教えてくれていたので、ポストカードが買えることに望みをかけた。

城壁の中は、建物がひとつ。ブランコ、そして射的があった。修復作業中のようで、レンガが積んであった。あとはなにもない広い空間。広場だ。最初に博物館に行く。英語の説明がないので、サッパリ。オスマントルコとの戦いがあったこと、スウェーデンが登場したこと、武器や歴史的な石が置いてあった。要塞の説明もあったが、ロシア語だった。

1フロア分の展示なので、すぐに見て追われる。次の展示は、もうお約束の拷問具。お土産屋に行って、無事にポストカードを買う。どうも、要塞の絵のはなかった。残念。それで、この地殻にあるというモニュメントの絵を買った。

彼女も英語が上手。日本から来たのを知ると、父親の関係で、北海道に行ったことがあるということだ。興味深いことに、先週には、日本人女性が他の外国人たちと一緒に来たことだ。ぜひ会ってみたかった。

別れを言って、要塞を散策。もう城壁を見て回ることしかやることがなかった。気がつけば、ウェディングフォトをやっていた。自分を入れて、2組くらいかなお客は、急に3組ほどが入ってきて、にぎやかになった。

英語が聞こえる。他の観光客が来たのだろう。特に関わることもなく、散策を続け、壁の高いところからの景色を楽しんだ。一番高いところまで、気合い入れて登った。

帰りに余ったお金のこともあって、カフェに行く。いたのは、若い男の警備員。まさかと思ったら、彼が店番していたという。アイス5ルーブルに、コーラ10ルーブル。のこり8ルーブル。バスの近くに売店があることを祈った。

スマホのSDカードの容量がいっぱいなのを調整しながら、進んでトラムへと急ぐ。18時には付きたい、そう思っていた。

ベンデルからキシナウにバスで戻る

少し不安だ。ったけれど、無事にトラムに乗って、ベンデルのバスターミナルへ。最後のトラムのチケット係は、最も若かったが、最も愛想がなかった。

自分の他に3人組の観光客がいたが、バスターミナルの方にはこなかった。バスターミナルは広いが、使っているバスは2台。チケット売り場に急ぐ。
「キシナウにいくかい?」
ドライバーらしいおっちゃんが、きいてきた。
「そうです」
「なら急ぐんだ」
受付のおばちゃんにいうと、すぐに対応してくれた。41レイ(当時、約326円)なので、かなり安くなっている。このルートで、ここ沿ドニエストル共和国を回るのがいいんじゃないだろうか。

帰りのバスは、すぐにいっぱいに。出発。ドキドキの国境超えは、あっという間の手続き開始。係の人が乗ってきて、入るときにもらった白い紙とパスポートをみせておしまい。紙は回収されなかった。

あとはもう心配することはなにもない。歩き疲れも気の張りも解けて、キシナウまで寝ていた。最後、あわててバスに乗ったので、6ルーブル余った。

IQホステルでゲストと関わる最後の夜

少し身体が熱い。体調が悪くなっていることを感じた。延泊を決めたが、宿は移動することにした。トーマスが泊まったところだ。美人の受付の女の子が待ち遠しい。

買い物に寄って、ジュースを買って帰る。ベッドで横になり、体を休めた。カシムがスイカを切ってくれて、振る舞ってくれた。甘くなくて、まずかったが、心が嬉しかった。

機能の件があって、ステラとは話をするようになっていた。彼女は、紙のバラを作っていた。なぜかは聞かなかったので、理由は知らない。彼女は、ベジタリアンで、サラダを振る舞ってくれたこともあった。マヨネーズと辛子の組合せが面白かったけど、結構いけた。余っても朝までもたない、と二人で頑張ってスイカを食べた。

今夜は、昨夜のこともあってか、静か。体調の悪い今日の自分には助かる日。明日は嘘をついてここを去ろうと思う。もうブカレストに行く、そういう流れで。

いいホステルならとどまるが、自分には体調も悪いしムリ。知らないほうが幸せなこともある、なんてな。少しの罪悪感は、いつもの癖みたいなもの。でも寂しさはある。けれど、これでいいという確信もあった。

この日、ウクライナで出会ったSからメッセージがあって、オンラインでクレカを不正に使われたことを知らせてきた。被害額はゼロだったそうなのでよかったが、メインカードで変更手続きが大変だと。

ランダム抽選にあたっちゃったようだ。一応日記につけておいて、っていうことなのでココに記しておく。いいヤツ、自分。

補足

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