【旅の記録】 鉄道でベラルーシに入国:リトアニア:ベラルーシ【63】

【旅の記録】世界一周スタート:日本(次の目的地はロシア)【海外放浪】 ベラルーシ

11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録

2017年5月出発した旅のことを、記憶と記録を頼りにつづってみようと始めました。
書き方などはだんだん良くなるはず(笑)なので、見守っていただけると嬉しいです。
※途中、記憶違いや文章の構成的にフィクションが入るかもしれません。ご容赦ください。

巡った順序 → 日本 → (韓国) → ロシア → フィンランド → スウェーデン → デンマーク → ノルウェー → エストニア → ラトビア → リトアニア → ベラルーシ → ウクライナ → ポーランド → ドイツ → チェコ → オーストリア → 続く…

初めての方はコチラから → 11年務めていた会社をやめて35歳から始めた旅の記録と記憶

こんにちは、mickです。

ロシア以来の手続きが必要な国境越え。
しかも鉄道でやるという。

どういうのかなって思っていたら、入国審査は電車の中でやった。
なんかめっちゃパスポートチェックされたんだけど、なんだったんかな。
軍服を来ためっちゃガタイのいい男女二人なんで、怖い怖い。

ロシアでもそうだったけれど、ベラルーシの人にもめちゃ優しくしてもらった。
片言のロシア語で語りかけると、一生懸命説明してくれる。
おかげで、ポストカードと切手、SIMカード、世界遺産のミール城といった時間がないなかでもすべてこなすことができた。

バルト三国では、エストニアはよかったけど、ラトビアとリトアニアの人の冷たさに参っていた。
だからベラルーシの人たちの暖かさが癒しになった。
ベラルーシは、報道では色々いわれているけれど、優しい人もいるんですよ。

日付:2017年7月20日(木)ベラルーシの人も優しい

日付:2017年7月20日(木)
地域:ヴィリニュス、ミンスク
天候:晴れ

リトアニア最後の朝

早朝6時前、起きて最後の荷作する。
衣類が一番重たい。
ポーランドで荷物を再び考える必要がある。

ローラは寝ている。かわいい。
ほんと、もう1泊したい。
が、ベラルーシに行かないとビザがな。
そう思って、彼女に心でお別れをした。

チェックアウトのとき、朝食まで待てないのかフロントのおばさんが気遣ってくれた。
列車は7:04でパスポートコントロールもあるため、時間がない。出発する。
その際、彼女は旅の無事を祈ってくれた。

7時前、駅は出勤の人々で賑わっていた。1人、女性が超ミニを履いて、ピンクの服で歩いている。
お尻の裾を気にしながら歩いているのがキュート。
おそらくモデルか何かで見られるようにしているのかと思った。

リトアニア出国

出国前の荷物のチェックはなし。
パスポートコントロールのみ。

あまりにあっさり。

車掌に車両Noとシートを教えてもらって列車に乗車。
シートには女性が座っていた。

「どこに座ってもいいのよ」

みたいなジェスチャー。
写真の先生の話を思い出す。

出入国カードを書いている間に、列車は発車した。
ついにバルト三国を出る。

この3カ国の中では、エストニアが一番だったため、ラトビア、リトアニアとテンションが下がり気味だった。
それでもシャウレイの待ちは好きだった。
ホステルも楽しかったし。

ベラルーシ入国

列車では、寝る間もなく、国境付近でベラルーシの国境係りの人が男女ペアで乗車。
質問はなかったが、男性と女性それぞれが入念なパスポートチェック。
その末についにスタンプが押された。

最後に自分の顔とパスポートのを見比べて笑みを浮かべて去っていった。
パスポートを更新したときの写真は、社会人のときで短髪、ヒゲもなし。
そらそうだ。
あとパスポートの増刷部分を入念に見てたっけ。
中国人の偽造パスポートの券で、アジア人は面倒なのかもしれない。

近くにいたインド系の人はスムーズに見えた。

ベラルーシ内に入るとスマホのネットが使えなくなった。
ここなリトアニアのSIMのローミングが効かないようだ。
かまわないのだけれど、GPSをつかまなくなるほが困る。
SIMを外してみてもダメか。

地球の歩き方で、情報を見ながら2時間30分ほどでベラルーシの首都ミンスクに到着。

列車が到着後に荷物検査があった。
小柄なおばさんがチェックしたんだけど。

「んー、衣類よねー、んー」

な感じで難なく終えた。

ベラルーシの首都ミンスク

ミンスクの第一印象は、色がない。
白や灰、黒の建物に看板があるだけ。

中途半端に情報をもっていたので、どこに荷物を預けるところがあるのか、ホステルに先に行くとどうか、図書館にいくか、ミール城か、もう頭ぐるぐる。

悩んだ結果、荷物を駅に預けてミール城へいくことにする。

バスでミール城まで2ベラルーシ・ルーブル(当時、約120円)。

最初、バスと鉄道のチケットカウンターを間違ってしまう。
ロシア語かベラルーシ語なんだけれど、間違っていることを説明はしてくれた。
バスチケットのおつりの間違いを指摘したら、間違ってない、の一点張り。
最後には渡してくれたが、やはり間違ってたやん。

ベラルーシのSIMカードはVelcom

バスでの移動まで1時間近くあいてしまったので、ベラルーシのSIMカードを買いに行くことに。

ネットの情報を手がかりに探す。
途中、建物の下にある格子に子猫と親猫に遭遇。かわいい。
だけど、めっちゃ威嚇された。
引っかかれると厄介なので、逃げる。

1件目は閉じていて残念。
別にもう1件、Velcomを見つけられた。
中に入って待つ。

おばさんが順番はこうよってジェスター付きで言ってくるのがウケた。

自分の番になって、SIMカードの写真を見せ、ロシア語でこれを買いたい、というと英語が話せる女性の店員だった。
アナスタシアといって、英語は大学で学んだそう。
手際よくやってくれて、スマホが日本語の設定のままでもスムーズにやっていた。
ちょっと丁寧すぎて怖いくらい。
手続きは、パスポートだけで住所はいらなかった。

クレジットカードで5ベラルーシ・ルーブル(当時、約300円)を支払っておわり。
アナスタシアにお礼を言ってお店を出た。

ミール城への道

次は、切手。
これは駅にあるポストオフィスが使えそうだった。

突撃で、郵便のおばちゃんに話をする。
うまく伝わらなかったのか、どこかの住所を書いて渡してくれた。
おそらく、ポストカードを買っておいでってことじゃないだろうか。
なので、ポストカードを持って出直しだ。

バスの時間11:30でミール城へ向かう。
バスでは、寝たりラトビアで出会ったウクライナ人のナタリーと連絡を取ったり。

彼女のいってることが、1word, 2wordsなのでわかりにくい。
途中から返信がなくなって逃げられた。
キエフで家に泊まっていい、といっていたのを撤回された。

キエフの宿を別に取らないといけなくなった。
さて、どこに泊まるのか決められないでいた。

日差しが強く、冷房も弱い。
車内では、汗を書きながら到着を待った。

ミール城近くのバス停についたはいいけど、帰りのバスの時間の見方がわからなかったので、ロシア語?で時刻表を見ていた年配のご夫婦に聞いてみた。
丁寧に教えてくれて、チケットもバスドライバーから買うようにとのこと。
乗り場は同じでいいかについては、うまく伝えられなかった。

地元のカップルっぽい若者に、タクシー?と声をかけられたが意味不明。
タクシーを探してるのか尋ね返したら無視。はい死亡。

どこでもトイレでお金をとってくるから、自然に返す。
さっきのご夫婦は、ミール城までの生き方もジェスチャーで教えてくれた。
嬉しい。

世界遺産のミール城

ミール城以外、何もない静かなところ。

多くの観光客の姿が見える。
チョコレート色をしたミール城は、角の4つの塔が外に出てきている独特な造り。
工事のクレーン車があったから感動が少ない。

最初、城内に入るつもりはなかった。
それで周辺を散策。不思議と心動かないまま滞在。
バスの時間に合わせて90分くらいで帰ろうと思っていた。

一応チケットの価格でも見てみるかと思って中へ。
あっ、って思った。
それでチケットカウンターをきいたら、城外のトイレの近くにあるという。
まじかよ。往復歩いて5分。

価格を確認しないで20ベラルーシ・ルーブルをだしたら、返ってきたのは8ベラルーシ・ルーブル。
つまり、12ベラルーシ・ルーブル(当時、約720円)なわけで、高すぎる。
35ベラルーシ・ルーブル分しか両替をしていないので、一気に現金を失った。

バスの時間16:20までは1時間。
城内を見て回る。

やっぱり復元されているお城は博物館。
それでも、狭い塔の階段、木の板の上、宮殿のような室内と、その城の造りの中を体験するのもいいかもしれない。
でも、12ベラルーシ・ルーブルは高い。

そりゃお金も減っていく。

英語の解説は写真にして、展示を眺めていく。
チケット売り場の場所を教えてくれたお姉さんが、笑顔で出迎えてくれた。

ミール城では、チケットを買ってもトイレは有料っぽい。勘弁。
なんか柄の短いホウキで掃除している人を見つけて大変だなって思った。

少し早めに出て、バス停に向かう。

ミンスクに戻る

バス停に戻ると、タクシーの若者が自分を見て驚いた顔をしている。
ベラルーシで英語話せるか?の質問には、100%お金が絡む。
チャリの子供までそう。
終わってる…

16:30過ぎて、大きめのバスがやってきた。
運転手からチケットを買う。
最初、Kacca(チケット売り場)で買えといわれたがね。
若者が閉まっていることを伝える。そこはナイス。

車内は暑く、また汗が。
宿で服が洗えることを祈りつつ、やはり寝たりウクライナのことや先のことを考えたりと忙しい。
あっという間の1時間40分の移動。

なんだかミンスクに着くのが怖い。

ああ、ここから先が決まっていないからだ。
今を楽しむ心理学の学校での教えが心に響く。

マクドナルドとポストカードのミッション

ミンスクのバスターミナルでバスを降りて、マクドナルドへ。
ビッグマックを食べる。
4.5ベラルーシ・ルーブル(当時、約270円)。
日本やロシアより安い。

すごい行列で、並んでいるとスタッフが注文を取りに来る。
オーダーすると、紙をもらって、レジに渡し、お金を支払う。
いろんなシステムがあるんだなと感心。
ビッグマックの味は、ロシアに近い。

食後はバスターミナルあるショッピングモールを散策。

駅内のポストオフィスで、ポストカードを見せて、MARKA(マールカ)でやっと買えた。
そして、これを郵便局へ持っていく。
そしたら、メモを書いてくれた女性が対応してくれた。

「そうよ、これよこれ!」

自分に伝わったことが嬉しかったのだろうか。
彼女は優しく対応してくれた。

タジキスタンの学生のスタイル

荷物を受け取って、ホステルへ向かう。
地図で見ると近くに感じるのだけれど、実際は歩いて30分近くかかった。
さらに、少しホステルを見つけるのに手間取った。
到着、チェックイン。

部屋には、タジキスタンの学生がいた。
彼は、苦労してビザをとりながら、休みの間に出稼ぎにいくそう。
それをアメリカでやろうとして失敗したから、ポーランドに行くという。
英語とロシア語が話せる彼は、さらにドイツ語を学ぶという。
すごいな。
それでも、日本人からすればアグレッシブすぎて失礼なやつ。
頭がお金のことばかりで、信用ができなかった。

「何やっているの?」

「ビジネスマンだよ」

と答えるボケっぷり。

近くにスーパーがないか場所を訪ねたら、一緒について来た。
お金置いてきたっていうし、気味悪い。

「ホステルでお金返すからジュース買ってくれないか」

ハイ終了。

「スーパーにいくのわかっててお金置いてきたんだろ。かせないよ」

でも、アジアにいくとこんなんばっかりかって思って、いい練習になった。

「SkypeかWhatAppやってないか?」

って聞かれたけど、

「やってないよ」

と答えておいた。

あわよくば暴力沙汰

この夜、ホステルの共有スペースで日記を書いてたら、酔っぱらいの(おそらく)ベラルーシ人にからまれ、身体を強く押されることが起こった。
とても怖い出来事。

正直、日本語で抗議、そしてヘルプをすぐに呼ぶべきだった。
あまりにしつこいんで、レセプションに向かったらついて来た。
レセプションにいる女性に、困っている風で、

「こいつがYoutubeみせろってうるさんだが」

と伝えておいた。
彼女がなにか対処したのか、彼は俺から離れていった。
共有スペースに戻るわけにはいかないので、ベッドに戻って日記を書く。

24時近くになると、ルームメイトが電気を消したいそうなので、同意。

仮眠をとっていたとはいえ、早朝からの行動と、コミュニケーションの津kレから、日記の途中で寝てしまう。
キエフの宿も決まらずに終わった。

タジキスタンの学生の友人は、彼と違って少し気を使ってくれるやつ。
笑顔はないけど、まし。

明日、なる早でホステルを出ようかと考える。

Revolution Hostel
1泊 8USドル 12部屋(2段下)

補足

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